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「いや、あの晩の、ほんの三二日前です」
それは初めて口に出す言葉だつた。
「いや」と、喜作は相変らずきつぱりと、煩うるさがりもせず答へた。
それは直造が案内状を出す間際になつて心づき、入念に考へたあげくに呼ぶことにした高間房一だつた。
「本当も本当でないもありやしませんよ。財産譲渡無効、その返還を請求したのだよ」
「おれは!――」
富田はすぐ又自分の方に話をひきとつた。
「患者さんですよう」
それは一尺近い美事な鮒だつた。だが、三匹きりなかつた。いかにも少いと徳次は路々思つて来た。さう思ふと、この鮒が本当よりもずつとちつぽけにさへ見えて来たのである。
「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」
「あれですな、さういふお話をうかゞふと、貴方ほどの努力家は東京に残つて研究をつゞけられた方がよかつたかもしれませんな。よく又、こんな田舎に帰る気になりましたね」
だが、変化は盛子にだけあるのではなかつた。房一も、捉みどころのないやうに思はれる一年あまりにもかゝはらず、あの計画だの野心だの猪突ちよとつだのいふものの他に、何か一つの自然さが、生活のつくり上げる自然な段取りといふやうなものがいつの間にか身体にくつついて来たやうであつた。
練吉は一人で感心し、それでも足りないと見えて、房一に呼びかけた。